ビジネス課題解決におけるアート思考、デザイン思考、ロジカルシンキングの使い分けと連携
はじめに
近年、ビジネスの世界において「アート思考」への関心が高まっています。不確実性が増し、従来のフレームワークだけでは解決が難しい課題に直面する中で、アート思考が新たな視点や創造性をもたらす可能性に期待が寄せられています。
しかし同時に、ビジネス領域で広く活用されているデザイン思考やロジカルシンキングといった他の思考法との関係性について、どのように位置づけ、使い分け、あるいは連携させればよいのか、という疑問を持つ方も少なくないでしょう。本記事では、これら三つの思考法それぞれの特徴を整理し、ビジネス課題解決のプロセスにおいて、どのように使い分け、そして効果的に連携させていくことが可能かについて考察を進めます。
各思考法の定義と特徴
ビジネスにおける課題解決に適用される主な思考法として、アート思考、デザイン思考、ロジカルシンキングが挙げられます。それぞれの基本的な定義と特徴を確認します。
- ロジカルシンキング (Logical Thinking): 既存の情報や知識に基づき、論理的に思考を組み立てて結論を導き出す手法です。既知の事実や前提から出発し、因果関係や包含関係などを明確にしながら、構造的に問題を分析し、最も妥当な解を見つけ出すことを目指します。効率性や再現性が重視される傾向にあります。
- デザイン思考 (Design Thinking): 人間のニーズや問題を深く理解することから出発し、共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイピング、テストという反復的なプロセスを経て、革新的な解決策を生み出すアプローチです。ユーザー中心の視点、試行錯誤を通じた学習、そして具体的な形での具現化が特徴です。
- アート思考 (Art Thinking): 既存の枠組みや常識にとらわれず、自身の内なる問いや衝動に基づき、独自の視点で世界を捉え直し、新しい意味や価値を創造しようとする姿勢です。特定の課題解決を直接の目的とせず、自身の「問い」を深掘りし、それを通じて新たな地平を切り拓くことに重点が置かれます。答えの探索よりも、問いそのものの発見や再構築に価値を見出す傾向があります。
これら三つの思考法は、それぞれ異なる出発点、プロセス、そして目的を持っています。ロジカルシンキングが「正しい答え」を既存の枠内で見つけ出すことに長けているとすれば、デザイン思考は「より良い解決策」をユーザー視点で見つけ出すことに、アート思考は「誰も気づいていない問い」や「新しい価値」を生み出すことに強みを持つと言えます。
ビジネス課題解決における使い分け
これらの思考法は、ビジネス課題の種類や解決プロセスのフェーズに応じて使い分けることが有効です。
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ロジカルシンキングの適用領域:
- 既存のプロセスや業務の効率化・改善
- 収集済みのデータを基にした原因分析や予測
- 既存市場における競争戦略の策定
- 事業計画や予算策定における論理的な根拠構築
- 技術的な問題やシステム障害の原因特定
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デザイン思考の適用領域:
- 顧客やユーザーの潜在的なニーズに基づいた新製品・サービス開発
- ユーザー体験(UX)の向上
- サービスデザインや顧客接点の改善
- 社内コミュニケーションや組織文化の変革に向けたアプローチ
- 曖昧で複雑な問題の初期段階での探索
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アート思考の適用領域:
- 既存事業や市場の前提を疑い、新たな事業機会やコンセプトを探求する
- 企業の存在意義(パーパス)やビジョンの再定義
- 競争環境が全く見えない、あるいは前提が崩壊している状況での方向性模索
- 自身の専門分野における常識を覆すような問いの設定
- 個人的な内省や気づきを組織やプロジェクトのインスピレーション源とする
簡潔に言えば、既存の課題に対する効率的な解法や改善にはロジカルシンキングが、ユーザー視点での新たな解決策創出にはデザイン思考が、そして未知の問いや新たな価値の創造にはアート思考が、それぞれ強みを発揮しやすいと言えます。
思考法の効果的な連携
しかし、現代の複雑なビジネス課題は、一つの思考法だけで完全に解決できるとは限りません。むしろ、これらを組み合わせて連携させることで、より創造的かつ実効性のある成果を生み出すことが可能になります。
連携の一例として、次のようなプロセスが考えられます。
- アート思考による問いの設定: まず、アート思考を用いて、既存のビジネスや市場、あるいは自身の前提に対する根本的な問いを立てます。「なぜこれをやっているのか」「本当に解決すべき問題は何か」「未来はどうあるべきか」といった、表層的な課題のさらに奥にある本質的な問いを探求します。これにより、従来の思考では見つけられなかった新たな方向性が見えてくる可能性があります。
- デザイン思考による問題の深掘りとアイデア創出: アート思考で見出した問いや方向性を出発点とし、デザイン思考の手法を用いて、それが顧客や社会にとってどのような意味を持つのか、具体的なニーズやペインポイントは何なのかを深く理解します。共感、問題定義のプロセスを経て、多様なアイデアを自由に発想し、プロトタイピングを通じて素早く検証と改善を繰り返します。
- ロジカルシンキングによる検証と実行計画: デザイン思考で生まれたアイデアやプロトタイプについて、実現可能性、市場性、収益性などをロジカルに分析・評価します。目標達成に向けた具体的なステップ、必要なリソース、リスクなどを明確にし、実行可能な計画に落とし込みます。
このように、アート思考が「そもそも何を問うべきか」という問いの起点となり、デザイン思考が「誰のために、どのような解を生み出すか」という探索と具現化を担い、ロジカルシンキングが「どうすれば実現できるか」という検証と実行を支える、という連携が考えられます。この他にも、課題の性質やフェーズに応じて、異なる順序や組み合わせ方が存在するでしょう。重要なのは、それぞれの思考法の強みを理解し、硬直的に適用するのではなく、柔軟に組み合わせる視点を持つことです。
実践に向けた示唆
アート思考、デザイン思考、ロジカルシンキングを自身のビジネス実践に取り入れるためには、いくつかの点に留意することが重要です。
第一に、これらの思考法は単なるツールやフレームワークではなく、世界を捉えるための「レンズ」や「スタンス」でもあります。表面的な手法をなぞるだけでなく、それぞれの根底にある考え方や哲学を理解しようと努めることが、より深い実践につながります。
第二に、異なる思考法を使い分ける、あるいは連携させるには、ある程度の習熟が必要です。自身の得意な思考法に固執せず、意識的に異なるアプローチを試みる練習が有効です。チームで活動する場合、それぞれの思考法を得意とするメンバーが協働することで、より多角的な視点と実行力を得られるでしょう。
第三に、アート思考は特に、すぐに具体的な成果や測定可能なKPIに結びつきにくい側面があります。問いの探索や内省といったプロセスそのものに価値を認め、短期的な成果だけでなく長期的な視点を持つことが、アート思考を継続的に実践する上で重要になります。
まとめ
本記事では、ビジネス課題解決に不可欠な思考法として、アート思考、デザイン思考、ロジカルシンキングを取り上げ、それぞれの特徴と、ビジネスにおける使い分け、そして効果的な連携方法について考察しました。
ロジカルシンキングが論理的な最適解の探求、デザイン思考が人間中心の解決策創出に強みを持つ一方で、アート思考は既存の枠を超えた問いの発見や新しい価値の創造に貢献します。これら三つの思考法は互いに排他的なものではなく、課題の性質やフェーズに応じて使い分けたり、連携させたりすることで、より包括的で創造的なアプローチが可能になります。
自身の専門分野や直面している課題に対し、どの思考法が有効か、またどのように組み合わせることで新たな突破口を開けるかを常に考え続けることが、アート思考をビジネスで実践する上での鍵となるでしょう。これらの思考法を柔軟に組み合わせ、活用することで、不確実な時代においても、本質的な課題解決と持続的な価値創造を目指すことができると考えられます。