チームの創造性を高めるアート思考の実践:組織への導入と定着
はじめに
現代のビジネス環境において、組織やチームにおける創造性は、新たな価値創出や競争優位性の源泉として不可欠な要素となっています。複雑かつ予測困難な課題に立ち向かうためには、既存の枠組みを超えた発想や、多様な視点からの協働が求められます。このような背景から、個人の内面的な探求とユニークな表現を重視するアート思考が、チームや組織の創造性向上に貢献する可能性として注目されています。
本稿では、アート思考を単なる個人のスキルに留めず、チームや組織全体で実践し、その創造性を高めるための具体的なアプローチ、そして導入・定着において直面しうる課題とその克服策について考察します。
チームでアート思考を実践する意義
個人のアート思考は、内省を通じて自身の価値観や探求心を深め、独自の視点や表現を生み出すことに重点を置きます。一方、チームにおけるアート思考の実践は、この個々のアート思考的な探求プロセスを共有し、互いの多様な視点や感性を触発し合うことで、集合的な創造性を引き出すことに主眼が置かれます。
チームでの実践により、以下のような効果が期待できます。
- 視点の拡張: チームメンバーそれぞれのユニークな「見る力」や解釈が交わることで、課題や状況に対する多角的な理解が深まります。
- 心理的安全性の向上: 正解や効率性にとらわれず、自由な発想や率直な感情表現が許容されるアート的なプロセスを共有することで、心理的安全性が醸成されやすくなります。
- 共創の促進: 共通の体験や探求プロセスを通じて、メンバー間の非言語的な理解や共感が生まれ、より深いレベルでの共創が促進されます。
- 新たな問いの発見: 当初想定していなかった問いや可能性が、対話や共同での探求の中から自然発生的に生まれることがあります。
これらの効果は、単に既存の知識を組み合わせるだけでなく、前提を問い直し、新たな概念や関係性を生み出すディープな創造性に繋がる可能性があります。
組織への導入フェーズ:具体的なアプローチ
チームや組織にアート思考を導入する際には、いくつかのステップを踏むことが有効です。
1. 目的の明確化と共有
なぜチームでアート思考を実践するのか、その目的を明確に設定し、関係者間で共有することが最初の重要なステップです。単に流行だから、といった曖昧な理由ではなく、具体的にどのような創造性、どのような成果を目指すのかを言語化します。例えば、「既存事業の新しい切り口を発見する」「部署間の壁を超えた連携を強化する」「顧客の潜在的なニーズを掘り下げる」といった具体的な目標が考えられます。
2. 導入アプローチの選択
アート思考をチームに導入する方法は一つではありません。組織の文化、チームの特性、目的に応じて、以下のようなアプローチが考えられます。
- 体験型ワークショップ: 実際にアート作品を鑑賞し対話する、共同で作品制作を行うなど、体験を通じてアート思考のプロセスを学ぶワークショップは、手軽な導入として有効です。
- プロジェクトへの適用: 実際のビジネス課題やプロジェクトに対して、アート思考的なフレームワーク(例:「問いを立てる」「観察を深める」「異分野からインスピレーションを得る」)を意図的に適用し、実践の中で学ぶアプローチです。
- 継続的な学習機会の提供: 読書会、専門家による講演、ギャラリー訪問などを定期的に実施し、アートやアート思考に関する知識や感性を継続的に刺激する機会を設けます。
- 専門家/ファシリテーターの活用: アート思考の専門家や経験豊富なファシリテーターに協力を依頼し、効果的なプログラム設計や進行のサポートを受けることも検討に値します。
3. 安全な場の設定
チームメンバーが安心して自身の感性や非合理的な思考を開示できる環境を整備することは、アート思考の実践において極めて重要です。「間違っているかもしれない」「評価されるのではないか」といった恐れがあると、自由な発想や率直な意見交換は阻害されます。ファシリテーターは、批判をせず傾聴すること、多様な意見を歓迎すること、プロセス自体を楽しむ雰囲気作りを意識する必要があります。
4. 共通言語・フレームワークの導入
アート思考は抽象的な概念を含むため、チーム内で共通理解を深めるための「共通言語」や、実践をガイドする「フレームワーク」があると、スムーズな導入に繋がります。例えば、特定の書籍や理論(例: 馬田隆明氏の「アート思考」)を参照したり、独自の簡易的な実践ステップ(例: 観察 → 発見 → 問い → 表現)を設定したりすることが考えられます。これにより、メンバーはアート思考を「得体の知れないもの」ではなく、具体的な実践ツールとして捉えやすくなります。
組織への定着フェーズ:課題と克服策
導入が成功しても、アート思考をチームの文化として定着させるまでには、いくつかの課題が伴います。
1. 成果の評価の難しさ
アート思考は、しばしば短期的な成果や定量的な指標では測りにくい質的な変化をもたらします。ビジネスにおける評価システムは定量的な成果を重視する傾向があるため、「アート思考の実践がどのようにビジネスに貢献したのか」を説明することが難しく感じられることがあります。
- 克服策: 評価軸を多様化し、質的な変化(例: メンバーの視点の変化、新しい問いの発生、部門間コミュニケーションの質の向上、顧客への共感度向上)も評価対象に含めることを検討します。また、アート思考の実践を通じて得られた「気づき」「問い」「コンセプト案」などを具体的に記録・共有し、その後の成果にどう繋がったかを追跡する仕組みを作ることも有効です。
2. 組織文化との衝突
既存の組織文化が、効率性、論理的思考、前例踏襲を強く重視している場合、非効率に見えたり、従来の枠組みに収まらないアート思考的なアプローチが抵抗に遭うことがあります。
- 克服策: トップマネジメントの理解とサポートを得ることが不可欠です。リーダーがアート思考の価値を認識し、自ら実践する姿勢を示すことで、組織全体への浸透が促進されます。また、小さな成功事例を積み重ね、その効果を丁寧に共有していくことも抵抗感を和らげる上で重要です。既存の文化を否定するのではなく、アート思考を補完的な、あるいは新たな可能性を拓くアプローチとして位置づけることも有効な戦略となり得ます。
3. 日々の業務との両立
多忙な日常業務の中で、アート思考のような探求的な活動に時間を割くことは容易ではありません。優先順位が下がり、形骸化してしまうリスクがあります。
- 克服策: アート思考の実践を、特定のプロジェクトや会議、定例的なチームアクティビティの中に組み込むなど、既存の業務フローの中に溶け込ませる工夫が必要です。また、アート思考的な「問いを立てる」「じっくり観察する」といった要素は、短時間でも意識して取り入れることが可能です。無理なく継続できる範囲から始め、徐々に実践の機会を増やしていく現実的なアプローチが求められます。
4. リーダーシップの役割
チームにおけるアート思考の実践を成功させるためには、リーダーシップが鍵となります。リーダーは、アート思考の価値を理解し、チームメンバーが安心して探求できる心理的に安全な場を作り、多様な視点を尊重する姿勢を示す必要があります。
- 克服策: リーダー自身がアート思考を学び、実践を体験することが重要です。また、メンバーの探求を促す問いかけを行う、非合理的に見えるアイデアにも耳を傾ける、失敗を許容する文化を醸成するといった行動を通じて、チーム全体のアート思考的なマインドセットを育成します。
まとめ
チームや組織におけるアート思考の実践は、個々人の内なる探求心と多様な視点を結びつけ、集合的な創造性を高める有力なアプローチです。導入にあたっては、目的の明確化、適切なアプローチの選択、安全な場の設定、共通言語の導入などが重要となります。そして、定着のためには、成果評価の工夫、組織文化との対話、業務との両立、そしてリーダーシップの積極的な関与が不可欠です。
アート思考を組織に根付かせるプロセスは、線形的ではなく、試行錯誤を伴う探求そのものであると言えます。本稿が、読者の皆様がそれぞれのチームや組織でアート思考を実践し、新たな創造性を引き出すための一助となれば幸いです。